「つねづね僕は思っています。この世界にはね、狂ってない人間なんて一人もいやしない。社会の成員全体の、あらゆる意味における平均値が正常という概念の定義だとして、そこから何らかの形で逸脱することを異常と呼ぶのだとすると、厳密な意味でのノーマルなんてものは存在しえないんじゃないかと……いや、そんなレベルに話を持っていく必要もないか。どんな人間でも、どこかに狂気のポテンシャリティを持っているはずだってことです。小早川さん、あなただって。江南さんだって。こんなふうに云ってる僕だってね。いつどこで、どんな形の狂気に陥ってしまうか分らない。たとえそうなってしまったとしても、果たしてそれが他人の目に〝狂った〟と映るかどうかも分らない」

時計館の殺人〈新装改訂版〉(下)綾辻行人